小さなガーデン

小さなガーデン

残念なことだが、忙しくなってから、花を育てる余裕もなくなった。洗濯物しか干してない(エアコンもあるが)、ガランとしたベランダを見ると、何となく寂しい感じがする。

 

初めて花を育てたのは小学校の頃だろうか。一年生の時、クラス全員に、先生がアサガオの種を配ってくれた。そして、きみどりのうえきばちと支柱。油性ペンを使い、くにゃくにゃと曲がった字で、うえきばちに自分の名前を書く。みんなと一緒に土をうえきばちにつめ、種をまく。それから毎日、まだかまだかと休み時間に何度もうえきばちを確認しに行く。

 

その一粒の硬くて黒い種から一体どうやってあのようなやわらかくて、エメラルドのように透き通った葉が土から出てくるのかは、今でもすごく不思議に思える。それからも水やりを欠かさず、アサガオがぐんぐん育っていくのを優しく見守り、ついに自分の背丈ほどの高さまで、支柱をぐるぐる回りながら伸びていった。そして、いよいよきれいな花が咲く。

 

昔の観察日記をそっとめくる。あの時の喜びが今でも感じるようだ。
花を育つのは、単に花が咲くその瞬間が楽しみなのではない。しいんと寝たように動きもしない種からいのちの鼓動を感じるのも、初めて小さな葉がぴょこりと頭を土から出したことも、「昨日より新しい葉が出てる!」という、小さな成長も......成長の過程は、その一つ一つが輝いて見える。

 

もしかしたら子どもの成長を見るのも、そうかもしれない。わたしは母になったことはないが、いつも自分の成長をあせるほどに待っているのである。色々な課題を自分に押し付けて、なんとか早く大きくなって花を咲きたいと思う毎日で、それがすごいプレッシャーとなっていく。

 

だが、今のような自分でも、アサガオのように、たとえ成長の過程でも、美しいと思っていいのかもしれない。
一生懸命成長したいのなら、それで美しいと思っていいのかもしれない。